第1部 第9章(前)

alice

船上

果てしなく続く大海原。フォルトはその水平線の先を見つめていた。

甲板にいるのはフォルトだけであった。エリオルを初めとする仲間たちや、他の乗客は、皆、客室にて談笑でもしているのだろう。

フォルトが見つめる先は、今朝旅立った街ダンケルク。フォルトの故郷でもある。

三魔卿の1体、夢魔に蝕まれた街は、聖王教会ダンケルク支部の教区長にしてフォルトの姉であるミュゼの手腕によって、復興に向かっていた。

「あの街は姉さんに任せておけば心配はないだろう……。しかし、……」

呟くフォルトが思い浮かべるのは、ザントライユ城での一件。 "映しの神鏡" に映る姉の姿と、直後に姿を現した聖王ユージーンの幻影。真相を知るであろうレイヴンは、未だ姿を眩ましたままである。

「 "対象の本質を具現化させる鏡" か……」

フォルトの頭の中で、いくつかの情報の欠片がパズルのように組み合わさる。……足りない………。決定的なピースを何か見落としている気がする……。堂々巡りを続ける思考が、時間を忘れさせていく。

深く考え込むあまり、後ろから近づく人影に気づかなかった。

「あら。もう、ダンケルクが恋しいのかしら?」

「……セティアか。」

「それとも、ミュゼ教区長のことが恋しいのかしらね。」

クスクスと笑うセティアに、フォルトは返事を返さなかった。

「なによ、無視? まあ、いいけど。」

セティアはもう笑っていなかった。代わりに真面目な顔で、こう言った。

「お姉さんの事、あまり深く考えてもしかたがないんじゃない? どうせすぐに、レイヴンの奴が捕まるわよ。」

それに、とセティアが続ける。

「らしくないわよ……。」

フォルトは思わず吹き出した。

「な……、なによ?」

「ははは、いや、すまない。君にそんなことを言われるとは思わなかったからね。」

「うるさいわね! アリスたちが、あんたのこと心配してんのよ……。ほら、噂をすれば、来たみたいよ。

エリオルとアリス、ジェラルドが甲板に上がってきた。

「フォルト、大丈夫?」

エリオルが心配そうに尋ねる。

フォルトが、一瞬だけ探るような目でエリオルを見た。

「(エリオル、か…………、いや、でも確証はない……)」

すぐに笑顔を作るとエリオルに返事をした。

「大丈夫さ。少し風に当たりたくてね。」

フォルトの返事に僅かに違和感を感じながらも、エリオルは話を変えた。

「このまま、明日には聖域都市クレテイユの港に着くんだよね。クレテイユってどんな街なの?」

「あ、それ私も気になってたんだ。義母さまからもあまり聞いたことなくって……」

アリスが話に乗ってきた。二人にせがまれ、やれやれと口を開こうとしたフォルトは、セティアに先を越された。

「なんていうか、面倒くさい街よ。『常に清く正しくあれ』だの『聖域には近寄るな』だの……」

セティアの言葉に、フォルトが苦笑いして言った。

「まあ、セティアの言うことも間違ってはいないけど……」

そう言いながら、少し懐かしそうに遠くを見つめながら続けた。

「素敵な街さ。世界樹ユグドラシルを中心に、この世界のあらゆる叡知を集結させたようなところかな。」

ジェラルドが顔をしかめた。

「聖域とか叡知とか、なんか堅苦しそうだな……」

「あんたには似合わない街なのは確かね。」

セティアに茶化され、ジェラルドがいっそう渋い顔をする。

「それより、アリス。君たちの目的は分かっているね?」

フォルトに問われ、アリスは真剣な顔で答えた。

「うん。お父さんの事、ヘルムートの事、必ず真実を聞きだして見せる。それにアヌビスの語った話も気になるし……。心の底から、真剣な想いで、世界樹に問いかけてみるね。」

「ああ、君たちの旅の正念場だ。思えば君たち三人は、この大陸をぐるりと一回りしてきた訳だ。トゥールで僕とセティアが合流してからも、本当にいろいろなことがあった。僕らにとっても感慨深いほどにね……」

「そうね……」珍しくセティアが静かに頷いた。

皆、それぞれの想いを胸に抱きながら、彼らの乗った船は東へとはしっていった。

聖域都市クレテイユ

船は無事にクレテイユの港に着いた。

「やっと着いたわね。船旅なんて久しぶりだから、肩が凝っちゃったわ。」

セティアがぼやきながら、街を見回した。

「ほんと、変わらないわね……、この街も。」

気を取り直したようにセティアは前を向いて言った。

「さあ、行くわよ。」

「待って、セティア! まずはどこに向かうの?」

エリオルの問いに、セティアは、決まってるでしょと答える。

「聖域を管理している大神官様に会いに行くのよ。」

まぁ、できれば会いたくないんだけどね……と、セティアは呟いた。


一同は街の中心部に向かって歩いていた。目指す大神殿までは少し距離がある。道行く人が、物珍しそうにエリオル達を見る。

ふと、感じた疑問をエリオルはフォルトに問いかけた。

「この街には、聖王教会の支部は無いの?」

フォルトが苦笑いしながら答えた。

「実を言うと、聖王教会とクレテイユの神官たちは折り合いが悪いんだ。立ち位置の違いというやつかな。」

「あいつらの頭が固いだけよ。」

横からセティアがそっけなく言った。

フォルトは続けた。

「今回も、教皇様のお力添えが無かったら、聖域に入ることもできなかっただろうね。」

「聖域ってどんなところなの?」

アリスが尋ねる。

「それは、この後、嫌というほど聞かされることになるよ。」

フォルトは笑って言ったが、キョトンとするアリスの横で、セティアは頭が痛そうにしていた。

クレテイユ大神殿

白を基調とした清潔感あふれる大神殿の中で、アリス達はひとりの人物と向き合っていた。

その人物は、厳格な顔つきで名乗った。

「クレテイユの最高位神官のマティウスだ。今回は遠路遥々ご苦労だったな。」

「この度は面会をお許しいただき、ありがとうございました。」

アリスが恭しくおじぎをした。

「初めに言っておくが、今回は特例だ。君たちのところの教皇殿から、正式な依頼と喜捨があったのでな。迷える者を導くのは、世界樹の御心に通じることでもある。だが、勘違いだけはしないでもらおう。ありがたくも世界樹からのお言葉を賜れるかどうかは、君たちの願いの強さ、心の神聖さ次第だ。必ずしも、望んだ結果が得られるとは思わないことだ。」

「 (何が心の神聖さ、よ……、結局は”うち”(聖王教会)からの寄付金に目が眩んで特別に許可を出したってことじゃない……) 」

セティアがそう思いながら冷めた目でマティウス神官を見ていると、目が合った。

「ん……、何か言いたいことがあるのかね?」

「いえ、滅相もございません。今回の寛大なご配慮、誠に感謝しております。」

「ふむ、そうか。」

マティウスはセティアの言葉に満足したようだった。そしてそのまま続ける。

「さて、”聖域”についてだが……」

「(始まったわね……)」

セティアが目を逸らした。

「聖域には、君たちも知っての通り、世界樹ユグドラシルが存在している。我ら神官でさえ、世界樹の信託を得る時のみに入ることが許される場所だ。クレテイユの大森林を抜けた先に、聖域に通じる参道がある。参道の先には、モンスターはおろか、通常の動物でさえ近づかない。知性を持ち自ら思考する、我ら”人間”だけに侵入が許された空間、それが聖域だ。」

そう語るマティウスはどこか誇らしげであった。

「さて、君たちは今回、聖域に入ることが特別に許された。だが、少しでも邪な気持ちを持てば、たちまち神罰がくだるものと思いたまえ。そして、何か妙な真似をすれば、その時は聖王教会にはそれ相応の報いを受けてもらうことになる。」

「心得ております。聖域を汚すような行動はとらないこと、ここに固く誓いましょう。」

フォルトがそう言って一礼する。他の4人もそれに倣った。

「では、参道の入口まで案内をつけよう。準備ができ次第、またここに来たまえ。」

クレテイユの大森林

翌日、一同は準備を整えて大神殿に集まった。マティウス大神官から改めて、聖域の諸々について散々くぎをさされた後、案内役の神官に付き添われてクレテイユの森を訪れたのであった。

「私が案内するのは参道の入口までです。森にはモンスターも生息しています。まあ、みなさんはモンスター程度に後れをとりはしないでしょうが……。では。行きましょう。」

案内役の神官はそれだけ言うと、さっさと歩きだしてしまった。

「素っ気ないわね。」

「聞こえるよ、セティア。さて、行くとしようか」

フォルトの言葉に皆従った。

パーティー
HP攻撃防御魔防習得
エリオル
(Lv95)
2260052003100900
アリス
(Lv95)
1940013007003100
ジェラルド
(Lv95)
2470050003100600
セティア
(Lv95)
1990017007002300
フォルト
(Lv95)
21600340015001500
敵データ
  • オーガファイター
  • オークロット
  •   
  • 属性:無属性  HP:13,400

    攻撃力:7,600  防御力:900  魔法防御力:300

    移動力:5  攻撃射程:2

    技名 射程 効果
    通常攻撃 2 単体に 無属性の物理ダメージ7,600
    粉砕撃 2 単体に 無属性の物理ダメージ7,600 + 100%の確率でスタン
    フルブレイク 2 単体に 無属性の物理ダメージ8,000
    ※このダメージは防御力により軽減されない。
    バーサーク 自身に 攻撃力2000アップ
      
  • 属性:無属性  HP:11,200

    攻撃力:6,300  防御力:600  魔法防御力:600

    移動力:4  攻撃射程:2

    技名 射程 効果
    通常攻撃 2 単体に 無属性の物理ダメージ6,300
    養分吸収 7 円範囲(自身中心:7マス)に 無属性の物理ダメージ5,000 + 与ダメージの50%分HP吸収
    ロッティングミスト 3 円範囲(自身中心:3マス)に 無属性の物理ダメージ6,000 + 20%の確率で毒 + 20%の確率で石化
      

森を抜けると、急に整った一本の道が見えてきた。

「あれが参道です。」

前を行く神官が言った。

「ここから先は皆さんだけで進んでいただきます。くれぐれも、過ちのなきよう。」

「ご案内、感謝します。行って参ります。」

アリスが代表して答え、一同は参道に足を踏み入れた。

参道

参道は異様なほどに静かだった。

「本当に何も居ないんだな……」

ジェラルドの呟きがやけに大きく聞こえた。辺りには鳥や獣の声はおろか、風の音もしないほどの静けさが広がっている。

マティウスの言葉が思いだされた。

「参道の先には、モンスターはおろか、通常の動物でさえ近づかない。知性を持ち自ら思考する、我ら”人間”だけに侵入が許された空間、それが聖域というわけだ。」

マティウスの話は、少なくとも大げさに語られたものではなさそうだ。

道はただ真っ直ぐに、聖域へと、訪れた者たちを誘う。

5人は参道を渡り切り、聖域へと足を踏み入れるのであった。

聖域

聖域は不思議な静けさに包まれていた。厳かで、それでいてどこか優しげな空間は、そこにいる全ての存在を浄化するようである。

「これが……」

「世界樹ユグドラシルか……」

エリオルが呟き、ジェラルドが続く。他の3人も思わず息を漏らす。

聖域の奥にたたずむ、見上げるほどの大樹。この場に満ちた神聖な空気の大元こそ、この世界樹であった。

「よくぞ来た……」

突然、声が頭に響く。

「わわっ……!」アリスが思わず驚いた声をあげる。

「これは、念話というやつか……。どうやら、僕らの脳内に直接話しかけてきているようだ。」

フォルトが分析して呟く。

とても低く威厳のある声で、ユグドラシルは構わず語り掛けてくる。

「ふむ。これはまた、なかなかに面白い客人たちだ。懐かしい匂いがするかと思えば、アヌビスに会っているのか。やつも息災にしているようじゃな。」

「あの、……」

アリスが意を決して話しかける。

「アヌビスから、”原初の世界”について、あなたに聞くといいと言われました。”見守る者”の一柱である、あなたに。私たち、他にもあなたに聞きたいことがあるんです。」

「ほう。聞きたいことがある、か。」

ユグドラシルはゆっくりと答えた。その声音は先ほどとは少々違うものになっていた。

「そのための覚悟は見せてもらうぞ。」

ユグドラシルが宣言した。声は優しいが、聞いた5人は皆一様に戦慄を覚えた。敵意は無いが、厳しさを体現したような声であった。

ゆっくりと白い光が5人を包みだす。

「な、何これ……!?」

「恐らく、転移の術式だ! そうか……、一人ひとりに試練が課されるのか……」

光が静かに瞬きながら、皆の姿を空間に溶かし込んでいく。バラバラの場所へ転移させられる5人。

聖域には、ユグドラシルと、元通りの静けさだけが残った。

一人一人がそれぞれの試練へと赴くのであった。

【エリオルの試練】

時は聖王戦役の終わり、煉獄の王ガラテアが封印され、使徒たちは散り散りとなり、争いは終息へと向かっていた。

場所は北方の海域、その水底に静かにたたずむ "海底神殿" 。

戦役の立役者であるユージーンはひとり、この場所を訪れていた。すでに、レメス砂漠の "地下迷宮" と、大陸南東部の空高くにそびえ立つ "浮遊城" にてゲートを閉じたその身は、傍目にもボロボロであった。

「ゲートを閉じることに、これほどの反動があるとは……。」

「ロイ……、アイリーン……。皆の世界を、私は守らねば……。」

そこで、ふと意識を失いそうになるユージーン。薄れゆく意識を何とか繋ぎ止め、思考を再開する。

「私は……」

「私は……」

考えながらも、残された気力でゲートを閉じる。

「……私は、いったい誰だ……?」

海底神殿の最奥。最後のゲートを閉じようとしているユージーンを、違和感が襲った。

直前の2つのゲートを閉じる際にも感じた、自らの精神が体から乖離していく感覚。

その感覚が再びユージーンを襲う

「……私は誰だ……?」

再び呟いたユージーンの姿は、揺らめく闇となって、水面に落としたインクの染みが広がっていくように、閉じゆくゲートの向こうへ消えていった。

そして後には何も残らなかった。


「うっ……!」

突然エリオル自身の記憶に引き戻される。

暴力の波のように、次から次へと自分の闇が問いかけてくる。

――【おまえは自分が何者であるか疑問に思わないのか?】――

「…………」

――【おまえはなぜ他者の記憶を夢に見る?】――

「……………………」

――【おまえは本当にただの人間か?】――

「………………………………」

「僕は……」

エリオルは俯いた。

「僕は、自分が怖い……。知らないはずの過去を夢に見ることも……、不思議な力があることも……」

「それでも……」

うつむいていた顔を上げて、力強くエリオルは言った。

「僕はエリオル……、他の誰でもない。僕自身だ!」

エリオルの声は辺りに響き渡った。

「…………」

意識していなかったが、そこは真っ白な空間だった。エリオルの他には誰もおらず、何も存在していない。ただ、"無" だけがそこに広がっていた。

――【そう、おまえは……】――

――【おまえだ。】――

思い出したかのように声が耳に響いた。

――【そうだ。それは、おまえ自身が認めた。それは他の誰にも覆せない。】――

無機質な声が響く。感情がいっさいこもっていないような、平淡な声。それでいて、どこか懐かしい不思議な声。

――【おまえは、エリオル……。かけがえのない確かな存在だ。】――

「そうだ……」

「僕は僕だ……」

「他の誰でもない。僕は僕だ!」

「僕は、僕自身の意思で、アリスたちを守る!」

――【そうか……。それが、おまえなのだな……】――

瞬間、あたりが白い光に包まれる。エリオルが、元居た場所へ再び送り返される。


誰も居なくなった真っ白な空間に、ユグドラシルの声が響く。

「欠片を背負いつつ、自身の存在を肯定できる、とは……」

「あの者と同じように強く……、いや、あの者とは、また、まったく違う質の強さを持つようじゃ。」

「願わくば、すべての者の想いが無駄にならんことを……」

【アリスの試練】

アリスはシノン村のはずれを歩いていた。

アリスは焦っていた。なぜだかは分からない。ただ、何か大切なことがあったような……

そのうちに、行く手に人影が見えた。

漆黒の炎に包まれた黒衣の男。

ヘルムートだった。

「っ ! …… ヘルムート……」

「…………」

ヘルムートは黙って遠くを見つめている。アリスは意を決して話しかける。

「うぅん……、違う。本当はお父さんなんでしょう?」

「ああ。」

ヘルムートは答えた。ヘルムートの姿で……ロイの声で……。

「俺はロイであり、ヘルムートだ。今の俺は最悪の煉獄の使徒の燃え残りってわけだ。」

そして、真剣な目をして言った。

「アリス、俺に止めをさせ。」

アリスがうろたえる。

「お父さん、なんで……」

「こんなこと、娘のお前に頼みたくはないさ。だがな、他の奴の手にかかって死ぬくらいなら、せめてお前の手で静かに終わらせてほしいんだよ……」

ロイの声に躊躇いはなかった。

「やだ、嫌だよお父さん!! 私にお父さんを殺せなんて……。せっかく生きてまた会えたのに……」

「ああ、俺も嬉しかったぜ! 娘がこんなに可愛く成長しているんだからな。」

「お父さん、どうして……? どうしてお父さんが死ななきゃならないの?」

ヘルムートの姿のままロイは答えた。

「俺はもう十分に生きた。自分の信念を曲げずに、守りたいものを守った。だからこそ、もう終わりにしなきゃならないんだよ……。 "こいつ" は俺と完全に同化しちまっている。俺が死ぬしか道はないんだ……」

「私には……、私には、無理だよ……お父さん」

「……………………」

「そうか……」

ロイは少し残念そうに呟いた。

その表情は柔らかい。最初からアリスの返事が分かっていたように、優し気な目を向ける。

「自分を責めるなよ。お前にはまだ時間がある。」

同時に空間が歪み始める

遠ざかっていく景色の中で、ロイが言う。

「次に会うときには、俺は俺で居られないだろう。 "こいつ" が表に出ているだろうからな。だから……」

「ま、待って、お父さん! 私、まだ……」

揺らぐ世界の中で、ロイの最後の言葉だけがハッキリと聞こえた。

「躊躇いなく討つんだ。」

その言葉と共に、アリスの意識は失われていった。

聖域

エリオルは元の聖域に送り返された。しばらく意識がはっきりしなかったが、ひとつだけ分かることがあった。

どうやら、エリオルは試練を突破できたようであった。

「よう、お疲れさん。」

ふいに、ジェラルドがポンとエリオルの肩を叩いた。

「ジェラルド! ジェラルドも試練を乗り越えたの?」

「ああ、……」

心なしか、ジェラルドは遠い目をしていた。

「……そういうことだったんだな……」

「?」

「ははっ、何でもねぇさ。それより他のやつらも帰ってきてるぜ。」

聖域にはセティアとフォルトの姿もあった。少し距離があるが、二人の話が断片的に聞こえてきた。

「そうか。君は再び両親の死に際を目に……」

「まったく、悪趣味よね。まあ、今回は私の手でメリルを……」

二人とも、試練を突破してきたらしい。しかし、エリオルには、どうしても気にかかっていることがあった。

「アリスは? アリスは戻ってきているの?」

ジェラルドは首を横に降った。

「いや、まだだ。」

「アリス……、大丈夫かな?」

「ああ、大丈夫さ。信じて待とうぜ。」

やがて、エリオル達からそう遠くない場所に白い光が舞い降りてきた。その光は人の形をとり、一瞬まばゆく光り輝いた。

アリスだった。横たわったまま眠っているかのように意識がないようだ。

すぐに駆け寄り、声をかけるエリオル。

「アリス、アリス……大丈夫!?」

エリオルの声に、セティアやフォルトも集まって来た。

やがて目を覚ましたアリスは、静かに涙を流した。

「みんな……、ごめん……。わたし、できなかった。どうしても私には……。」

そして、ポツリと絶望したような声で呟いた。

「試練……、失敗しちゃった…………」

アリスは両手で顔を覆ったまま泣き続けていた。

誰もが、何と言って慰めるか悩んでいるうちに、再びユグドラシルの声が皆の頭に響いた。

「 "失敗"、ではない。」

その声はどこか優しかった。

「立ち向かうことに意味があるのだ。お主は現実を受け入れた。耐えることとて、時には難しいことだ。そして、どう行動するかは、また別の問題だ。」

ユグドラシルの声を聞き、アリスは叫んだ。

「あれは、本当にお父さんだったのですか。幻とかではなく……。やはりヘルムートがお父さんに乗り移っているんですか?」

「わしがそれを答える前に、お主らにはやるべきことがある……」

「お主らの心の強さは見せてもらった。次はそれに伴うだけの力量があるか試させてもらうぞ。」

ユグドラシルの周りに4体の霊子核が展開される。

「さあ、全力でかかってくるがよい。」

パーティー
HP攻撃防御魔防習得
エリオル
(Lv95)
2260052003100900エナジーソード、クロノブラスター
アリス
(Lv95)
1940013007003100レイニングシャワー、エクスヒール
ジェラルド
(Lv95)
2470050003100600剛念波
セティア
(Lv95)
1990017007002300グランドスラム、バーニングブラスト
フォルト
(Lv95)
21600340015001500ファントムレイド、スノウストーム
Boss戦

ユグドラシル

属性:光属性  HP:??????

攻撃力:????  防御力:????  魔法防御力:????

移動力:フィールド端から移動しない  攻撃射程:通常攻撃は行わない

技名 射程 効果
【結界】 ※特殊能力
全てのダメージと効果を受けない。
「ガイアシード」4体を倒すと戦闘終了。
ストーンブラスト 10 単体に 土属性の物理ダメージ1,2000 + 50%の確率で石化
アースクエイク ALL 敵全体に 土属性の魔法ダメージ7,500 + 20%の確率でスタン
ホーリーバインド 7 単体に 光属性の魔法ダメージ1,2000 + 100%の確率でマヒ + 防御力・魔法防御力500ダウン
ホーリーランス 7 単体に 光属性の魔法ダメージ1,5000 + 50%の確率で即死 + 防御力・魔法防御力500ダウン
ゴッドブレス 光属性 魔法:単体に 攻撃力・防御力・魔法防御力500アップ
マナ・エレメンタル ALL 敵全体に (ランダムで属性の変化する)魔法ダメージ12,000

ガイアシード

属性:土属性  HP:53,700

攻撃力:5,600  防御力:1400  魔法防御力:0

移動力:7  攻撃射程:2

技名 射程 効果
通常攻撃 2 単体に 無属性の物理ダメージ5,600
ブリンク 幻属性 魔法:自身に 1ターンの間、回避率50%アップ
アースヒール 土属性 魔法:自身に HP5,000回復

エリオル達は、ユグドラシルの攻撃に耐えながら、霊子核を4つとも破壊した。

「ふむ……」

ユグドラシルが満足そうに呟く。その姿には傷ひとつ無かった。

「合格、じゃな……。お主らには真実を知る権利がある。」

「やれやれ、ずいぶん手荒い試練だったな。」

ジェラルドが肩で息をしながら、エリオルと拳を合わせて健闘を称えあった。

「それでは、教えてもらえるんですね。お父さんのこと……、この世界のこと。」

「ああ、すべて話そう。」

「まず、お主の父親のことだが、今は、煉獄の使徒ヘルムートと一心同体であるといって間違いないであろう。先ほどの試練でお主が会ったのも、間違いなく本人じゃ。空間と理を操り、この場に姿を再現した。」

フォルトがうなづく。

「なるほど……。本物には間違いないが、この場に居ない存在を映し出してみせただけなのか。」

「そもそも、事の発端はヘルムートが一度死んだことに始まる。煉獄の使徒はピュルガトワールの歪みにより生まれた存在だ。彼らはその歪みゆえに、死してなお、決して魂が浄化されることはない。ヘルムートは、強い煉獄の因子の持ち主だった。やつはその不安定な存在のまま、瀕死だったお主の父君と同化し、生き永らえたのだ。ただし、それは簡単なことではない。お互い何か通じるもの、おそらくはヘルムートが人間だったころの心が父君の心と共鳴したのだろう。そして、反動で記憶を失い、永いこと自らのことも分からずさ迷っていたようだ。」

「ま、待ってください……!」

ユグドラシルの言葉に、アリスが驚いた声をあげた。もちろん、驚いたのはアリスだけではなかった。

「ヘルムートが、その……、人間だったって……」

5人とも自分の耳を疑ったのだ。煉獄の使徒が人間だったなどという話は聞いたことがない。

「そのとおりだ。お主らは、考えたことはなかったか? 煉獄の使徒がどうやって生まれるのか。これを話すには、世界が "原初の世界" より現世とピュルガトワールに分かれた経緯から説明せねばならんな。」

皆が押し黙ってユグドラシルの次の言葉を待つ。予想していた以上にスケールの大きい話であるようだ。誰もが真剣な目と緊張した面持ちでその場に立っていた。

「そうじゃな。まず…………、」

異変は突然起きた。

ユグドラシルの周りに黒い魔法陣が現れ、穏やかな日差しの差していた聖域は闇に包まれた。

「あはは~、面白そうな話をしているね~」

同時に無邪気にはしゃぐような声が聞こえてきた。

「この気配……、煉獄の使徒ね!?」

セティアが殺気を放つ。

「わ~。そこのお姉さん、怖いなぁ。あたしはちょ~っと遊びに来ただけなのに~」

目の前に現れたのは幼い少女のような煉獄の使徒。薄緑色の身体に、葉やツタを身に纏っている。

「こんにちは、人間の皆さん。あたしはネイビャス。まあ、見ての通り煉獄の使徒だよ~」

あまりにも無邪気な物言いに、皆、調子を狂わされる。

「あんた、何が目的なの?」

セティアだけはそうではなかった。質問の答えに関わらず、今すぐ魔法をぶつけそうな目をしていた。

「ん~、目的? そうだね。ちょっと世界樹さんには眠っていてもらいたいんだよね~」

「そんなこと、あたしたちが許すと思ってんの!?」

「う~ん、邪魔が入るのは予想外だったな~」

「セティア、気をつけて。言動に似合わず、かなりの実力者だ……」

フォルトがセティアに落ち着くように促す。

「分かってるわよ。纏っている瘴気が半端じゃないわ……」

セティアも言葉は荒いが、冷静でいるようだ。

ネイビャスが妖し気に微笑みながら言った。

「いいよ~相手してあげる。みんなまとめてかかってきなよ~」

ユグドラシルとの戦いで疲弊している5人であったが、何とか身体を奮い立たせ、煉獄の使徒に立ち向かった。

パーティー
HP攻撃防御魔防習得
エリオル
(Lv95)
2260052003100900
アリス
(Lv95)
1940013007003100
ジェラルド
(Lv95)
2470050003100600
セティア
(Lv95)
1990017007002300
フォルト
(Lv95)
21600340015001500
Boss戦

ネイビャス(精神体)

属性:闇属性  HP:167,400

攻撃力:7000  防御力:600  魔法防御力:1200

移動力:7  攻撃射程:10

技名 射程 効果
通常攻撃 10 単体に 闇属性の魔法ダメージ7,000
闇の瞳 2 闇属性 物理:単体に 50%の確率で魅了
ダークスフィア 7 闇属性 物理:単体に 50%の確率で即死
シャドウステッチ 7 単体に 闇属性の物理ダメージ1,2000 + 100%の確率でマヒ + 100%の確率で悪霊
イーヴルスピリット 10 円範囲(地点中心:3マス)に 闇属性の魔法ダメージ8,000 + 50%の確率で毒 + 50%の確率で悪霊

「う~ん……やっぱり "本体" から離れると、力を発揮できないな~。まぁ、いっか。目的は果たせたわけだし。」

そのまま、ふわりと立ち去ろうとするネイビャス。

当然のように、セティアたちも黙っていない。

「待ちなさい! ユグドラシルに何をしたの!」

「だから~、ちょっと眠ってもらっただけだって~。悪いけどあたしはもう戻るから、文句があるなら "空中庭園" まで来なよ~。そうしたら、今度は全力で相手してあげるよ~」

そう言うと、ネイビャスは宙に飛び上がり、聖域の外へ飛び去ってしまった。

残されたのは、黒い魔法陣に包まれたまま沈黙しているユグドラシルと、連戦に憔悴しきっているアリス達。

「くっ……、あいつ、好き勝手していきやがって!」

ジェラルドが怒りを口にする。

エリオルはフォルトに尋ねた。

「フォルト! ネイビャスの言っていた "空中庭園" って?」

「ああ。確か、ピュルガトワールへと続く "ゲート" の一つがある "浮遊城" その真下に広がる人工の庭園さ。今ではモンスターの巣窟になっていると噂に聞いていたけれど、どうやら、あのネイビャスという煉獄の使徒が根城にしているらしい。」

その時、参道の入口まで案内してくれた神官が、慌てて駆けつけてきた。

「皆さん! いったい何事です!?」

「何事もなにも、いきなり煉獄の使徒が現れて、世界樹を魔法で眠らせたのよ。」

「なんと…………。皆さんが無事だっただけでも幸いです。それにしても煉獄の使徒め、なんと罰当たりなことを……」

「とにかく、いったんクレテイユの街に戻りましょう。煉獄の使徒は、空中庭園に居ると言い残していきました。すぐに元凶をたたかないといけないでしょう。」

フォルトが進言した。

「分かりました。まずは、マティウス様の元へ向かいましょう。今後の方針を立てねばなりません。」

言うが早いか、神官は皆を促し、来た道を戻り始めた。

一同が去った後の聖域は、暗い影が差し、もとの平穏は完全に失われていた。その中央に座するユグドラシルも沈黙をやぶることはなかった。

クレテイユ大神殿

「なんてことをしてくれた!!」

マティウス大神官が怒りを顕わにして怒鳴り散らす。

「世界樹ユグドラシルが、煉獄の使徒の手に落ちただと!? そんなことが許されてたまるか! 君たちもその場に居合わせたのだろう! 黙って見過ごしたというのか!?」

「お言葉ですが、マティウス大神官……」

フォルトが口を開いた。

「我々も戦ってみて気付いたことですが、件の使徒は力の大半を空中庭園に温存しているようです。ユグドラシルの封印を解くためには、本体を叩かなければなりません。」

「うるさい! なんにせよ、君たちの前で事は起きたのだ。最初に言ったはずだが、今回のこと、聖王教会は責任逃れはできんぞ!」

そう言うとマティウス大神官はぶつぶつと考え事を始めた。

「まったく……、こんなことは前代未聞だ…………。まずは教会都市トゥールに訴え出て、早急に騎士どもを派遣させねば。煉獄の使徒ごときに世界樹が、聖域が汚されるなど、あってはならん……。」

「あ、あの、マティウス大神官…………」

アリスがたまらず声をかけた。

「なんだ、まだ居たのか! 君たちにもう用はない。早々に立ち去りたまえ! そして二度とこの街に顔を見せないことだな。」

アリス達は何も言えず、フォルトとセティアに促され、黙って大神殿を後にした。

聖域都市クレテイユ

「なんなのよ、あの石頭! 私たちだって被害者よ!? ユグドラシルの言葉だって最後まで聞けなかったんだから!」

セティアが怒り出す。

それをなだめながら、フォルトが考え込む。

「マティウス大神官は、僕らが関わっていたことを理由に、聖王教会に問題の解決を要求するみたいだ。それ自体はいいんだが、あのネイビャスの目論見が分からない以上、時間をかけすぎるのは危険だろう。」

エリオルが声をあげる。

「僕たちで、何とかできないかな。」

フォルトはにこっと笑って返した。

「よく言ったね、エリオル。僕も同じ考えだよ。問題は空中庭園まで行く方法だ……。あの場所へ行ったことのある人間は、浮遊城のゲートへ向かった聖王ユージーン様くらいしかいないかもしれない。そして、その方法は文献にも詳しくは残っていないんだ。」

「そんな、それじゃ手掛かりが……」

頭を抱える一同に声をかける者がいた。

「皆さん……!」

「あなたは……!?」

アリスが振り返り、驚いた声を上げる。

そこに居たのは、参道までの道を案内してくれた、あの神官であった。

「空中庭園まで行く方法なら、ひとつだけ当てがあります。皆さんの腕を見込んで、お願いします。どうか話だけでも聞いていただけないでしょうか。」

フォルトがすぐに答えた。

「ありがたい。我々も困っていたところです。ぜひお聞かせ願えますか?」


一同は、街の酒場に場所を替えて、ヨハンと名乗る神官の話を聞くことになった。

「空中庭園は、はるか雲の上に位置する誰もが簡単には近づくことのできない場所です。ただ、聖王戦役の際にひとりだけ空中庭園を通った人間がいます。知っての通り、あなた方が聖王と呼んで称えるユージーン殿です。」

皆が黙ってヨハンの言葉を聞く。

「ユージーン殿は、ヴェルト山脈に居る古代竜セルヴァ―トの力を借りたと言われています。」

「何ですって!? そんな話聞いたことないわよ?」

セティアが驚いて声を上げる。

「無理もありません。このことはクレテイユでも対外的にずっと伏せられてきたことです。セルヴァ―トの力を借りることを提案したのは当時のクレテイユの大神官ですが、聖王教会に協力したことを快く思わなかった者たちの手で、この事実は隠蔽されたのです。」

「セルヴァ―トって、伝説に出てくる竜のことですよね? 義母さまから話を聞いたことはあるけど、本当に実在したなんて……」

アリスに続いてフォルトが尋ねる。

「では、その古代竜セルヴァ―トの力を借りることができれば……」

「はい。ネイビャスの元へ辿り着けるでしょう。」

「決まりね! 他に方法は無いんだし。」

セティアが立ち上がって言う。

ヨハンが慌てて付け加えた。

「ただし、セルヴァ―トは大変気難しく、とても強いと言われています。どうかお気をつけて。」

「心配ないさ、俺たちに任せなって。マティウスのおっさんを驚かせてやろうぜ! なっ!エリオル!」

「うん! 行こう、ヴェルト山脈に!」

エリオル達は、ヨハンに見送られて、古代竜セルヴァ―トが居ると言われているヴェルト山脈の東部へと足を運ぶことになった。

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