第1部 第10章(前日譚)~とある村の外れにて~

alice

教会都市トゥールの南、廃村となったルルド村の外れにて、魔族の少女リースは一人の子供と再会した。

「なぜ、あなたがここに……。孤児院にいたのではなくて?」

「声が、したから。」

幼さの残る子供の名はリズ。ルルド村の異変での最後の生き残りである。

「声?」

訝しげにリースが尋ねる。

「うん……、お母さんの声……」

「何を言っていますの? あなたのお母様はもう……」

そう言うリースに構わずにリズはゆっくりと森の奥にある洞窟に近づいていく。

「何を言っても無駄のようですわね……。まあ、わたくしにもわたくしの仕事があります。ついてくるのなら勝手にすることですわ。」


洞窟内には死者や霊魂といったアンデッドが徘徊していた。その様はまさに、エリオル達が以前に訪れた時の様子に酷似していた。リースはそれらを退治しながら奥に進む。

その後をついて行くリズが呟く

「お母さん……。」

「っ…………」

リースが少しだけ苦々しい顔をした。

「シスターのお姉さんが言っていたの。お母さんたちは悪いモンスターになっちゃったんだって。村の人たちもみんな……」

少し語気を強めてリースが言う。

「勘違いしないことですわね。あなたの村の人たちは、アリスさんたちがあの煉獄の使徒を倒した時に浄化され、魂は解き放たれていますわ。今ここにいるアンデッドは、まったく別の存在です。おそらくは中央都市で起きている異変に乗じて現れたのでしょう。」

リズが僅かに反応した。

「中央都市……、アリスお姉ちゃんたちが向かったところ……」

「さて、どうでしょうね。あれからだいぶ時も経ちました。今頃は大陸の南の方にでもいるのではありませんこと?」


しばらく進むと祭壇が見えてきた。

「あれですわね……」

リースが祭壇をにらみつける。

「僅かに残る瘴気……。使徒の力の残滓といったところですかしら。」

そこで初めてリズがリースに疑問をぶつけた。

「リースお姉ちゃんは、どうしてここに来たの?」

「別に、大した用ではありませんわ。」

「ただ……、夜を生きる一族として、死者を冒涜するような輩は許せなかっただけです。」

よく分からないといった顔をするリズ。

「あなたには少し難しかったかもしれませんわね。」

少しだけ優しい顔を向けるリース。

その時突然、祭壇の瘴気がいっそう濃いものとなった。

「!? いけません!!!」

リースが思わずリズを後ろ手にかばう。

二人を囲むように現れるアンデッドの群れ。

「油断しましたわね……。わたくしだけならともかく、この子が一緒では……」

「おねえちゃん……」

「安心なさい。あなたはわたくしが見守ると決めたのです。アリスさんとの約束もありますし。」

「?」

「……なんでもありませんわ。それより何とかここを切り抜けますわよ!」

アンデッドたちが近づいてくる。それを恐れてリースの後ろに隠れるリズ。

異変は突然起きた。

まばゆい光が、洞窟内に差したのである。

光はリズのスカートのポケットから発していた。震える手で、リズがそれを探り当てる。取り出したのは一片の紙切れ。それは、アリスが見つけリズに預けたもの。リズの母親が、生前に愛する娘のために書いた手紙であった。

光が人の形をとる。それはとても儚い姿であったが、その淡い輝きでもリズには充分だった。

「お、かあさん……」

リズを守るように、輝く白い光が、辺りのアンデッドを浄化していく。

光が収まった時、洞窟内には静けさが訪れ、禍々しい瘴気も消えていた。

「助けられてしまいましたわね……」

バツが悪そうにリースが言う。

「あなたのお母様と村の皆さんは、ずっとあなたを見守っているのですわね。」

その言葉にはどこか羨望のようなものが込められていた。

「うん」

返事をしたリズはポシェットから一輪の白い花を取り出した。

それを祭壇の上に置き、静かに手を合わせるリズ

「その花の花言葉は確か……」

リースが興味深げに呟く。

そう。その花の花言葉は……

『安らかな眠りを』

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